(206) 784-2084

ゴーンさん程の方が何故収入申告を過少に申告されたのか?まったくもって理解できない。良い仕事をしているのだから高い報酬があってしかるべきだ。高い報酬があればそれなりの税金を払うのが日本と言う国である。まぁ、どんなにパブリックにつくしても評価されない国だから、そうなってしまうのかなと、国の在り方にがっかりと言う感じもする。いずれにせよ、強力なリーダーシップのお手本が逮捕とは、なんともはや、情けない。

起きて半畳寝て一畳天下とっても二合半だ。所詮は人の世の中の人の在り方だ。実り過ぎて周りが見えなくなったか。曇った眼には何も見えない。山の中で霧にまかれたらじっとその場に佇むしかない。いずれ晴れる。晴れる前に動き出せば後悔しか生まれない。新しく生まれることが、過去への悔いであること程、むなしいことは無かろう。

他山の石と思ってはならない。自らに照らし、背任行為など一切無いと常に実行せねばならぬ。思っているだけでは駄目なのだ。そのためには活動がオープンであることだ。一円に至るまで公開された中で執務せねばならぬ。それが最もらくちんなのである。

ただ、税金が私利私欲に使われるようなことがあったり、理不尽な税金体系であったりすれば、税金を払う気にはなれないでしょうね。海外旅行にばんばん行って、高級車に乗っている家庭が給食費を免除されているとかね。まぁ、ネガティブ要素は尽きないが、やはりやってはいかんことはいかん。反面教師、肝に銘じましょう。

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今年は里山では紅葉が美しいのだそうだ。まっ黄色に染まる前に落ちる銀杏、赤くなる前に茶色くなり、乾いて落ちる桜の樹々を見ていると、都市部と山部では随分と違うものだなと実感する。記憶になる11月の半ばと言えば、これは寒くて厚着の季節なのだが、ここ最近、動けば汗が流れる状態である。夜明けが遅くなり夕暮れが早くなるくらいは例年の通りなのだが、日が昇って暑さを感じる点において妙な気候が続いている。

SDGsで示される達成目標に向かって、何かをしているのか分からない我が国であるが、大きな17個のターゲットは細分化されて169ものより具体的な目標として掲げられている。掲げられているのだが、そんなことどうすりゃいいんだというようなものも林立の状態だ。「中小零細企業の設立や成長を奨励する」などの項目は、漠然とし過ぎて行動しようがないような気がする。奨励することが目標か?

ロボティクスだAIだなどということは、ほったらかしてもやたらと進むでしょう。これは必然として実施される。ものづくりにおいてはやはりこれは猛烈に必要だ。家庭用パン焼き機を動作させたとしても、同じ結果が得られないような機械が横行しているわけだ。生き物と機械との関りがまだまだ十分ではないということだ。

緑のまま落ちる銀杏、茶色くなって幹で枯れる桜。40度を超える夏のせいだと植物学者がTVで言うが、まぁ、それはそうなのかもしれないが、過去にもあったけどその時は今年ほど、都会の紅葉は汚くなかったと思う。思うが、日本だけのことでは無いのだろう。植物がおかしくなると全てがパーだ。そうなる前に何とかしなきゃと行動に出たいが、大きな政府では何もできそうにない。出来そうにないけど何もしないのはまっぴらごめんだね。ジタバタしてみようか。

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重厚長大な大物も良いが、14TB 容量のハードディスクなどというものも愉快である。クラッシュしたらどうなるんだろうという情けない悩みはRAIDでクリアするということなのでしょうね。フロッピーディスクなんていう代物の世代人としてはなんだか無限に広がる世界という気もするが、これが案外、あっという間に埋まったりするから昨今の情報量は恐ろしい。その書き込み読み込みを支える部品が日本製と言うところが素晴らしい。

日本製と言うのもちょっとどうかなとちょっぴり思っていて、確かに本社は日本にあるけれど、世界的企業の活動と言うことを考えると、そうは言いきれそうもないという心持がする。新しく何かを生み出すということがいかに大変か。ひそかに達成している人がいても、大きな企業がもみつぶしたりしますからね。恐ろしい世の中です。

数ナノメートルの世界に様々な素材を積層して作り上げるハードディスクヘッドは、まさに芸術でありまして、その制御技術の凄まじさだけではなく、トータルのパッケージとしてヘリウム原子を逃がさないシールとかね、よくもまぁそんなトータルシステムをお安く提供できるものだと呆れかえる。どんな魔法を使っているのやら。

トンネルも凄いけどナノテクノロジーを目に見える大きさに構築していくこともこれはなかなか凄い事だ。1ナノメートルを10の9乗倍しないとメートルサイズにならないのだ。もっとも、一日に数センチしか進まない時があっても信念でトンネルを掘るのもやはり凄い。技術に感動する人が居る時代は幸せかもしれない。近い将来、どんな技術も当たり前と言われ、使い捨てにされる時代が来るのだろう。その時、何を作ろうとしてもがくのだろう。ちょっと楽しみな気になっている私であります。

飛騨トンネル

名古屋から金沢に車で行こうとすると、北陸自動車道と東海北陸自動車道の2パターンがある。籾糠山を貫く飛騨トンネルを有する後者は着工から36年掛かったそうな。飛騨トンネルだけでも10年を超える工事。黒部の太陽ではないけれど、破砕帯あり、湧水ありのとてつもない工事だったそうですね。お話をお伺いするだけでも手に汗握り、我が国の土木工事が如何に高いレベルにあるかを実感させて頂きました。

確かに走っていて「凄い」と感じるトンネルである。10kmを超えるとてつもないトンネルである。何しろ褶曲と圧縮、断層ずれを豊富に抱いたとんでもない土壌帯である。どうしてそんなところを狙うのだと首をかしげたくなる程である。見事な土木工事をもっと国民は誇って良いような気もするが、さらりと話をするほうが素敵と言えばそれまでだが。

ところが、例えば海外での新幹線車両に大きなミスがあり、日本の技術力に大きな?が付いてしまう状況にある。全ての技術が高いレベルで維持、発展を続けるには極めて困難であることはわかるのだが、しかしそれを成し遂げなければ我が国の発展は無い。リニアが南アルプスを貫くのだが、本当に大丈夫かと心配になってしまう。

リニアの工事もきっと知恵と勇気で乗り切って頂けることだろう。品川ー神奈川間の約37kmにもおよぶトンネル工事も楽しみである。品川を出発したら顔を出さずに神奈川に入る。なんという凄まじい計画か。故障しないエレクトロニクスも要求されるだろうし、様々な嘘をつかない技術の投入を楽しみにしたい。青函トンネルを抜くのに20年が掛かった。10年で南アルプスを抜くというが、無理はいけない。技術はやはり素晴らしい。そう思う。

純粋力

小諸なる古城のほとり 雲白く遊子悲しむ・・小学校5年生で暗証した島崎藤村の詩なのだが、今でも思い出すのだから凄まじい。若い頃の記憶とはそれ程に強く、そして純粋である。暗記するほどに繰り返し読み、その言葉の意味を想う。想うのだが所詮は小学生、濁り酒を飲めるわけでもなく、あぁ、そうなのだなと思うのみだ。

小諸城址の懐古園を初めて訪れたのは大学生になってからだ。そこに到着する前から頭の中で「小諸なる・・」が延々と繰り返され、どのような世界なのだろうかと極限の美化。園を巡って、成る程、こういうことかと小学生の理解は正しかったと。

逆の言い方をすれば、大学生になっても小学生の想いを越えなかったということだ。理屈はある。勿論、それはそうだ。しかし、感動は小学生で良いのだ。エゴに固まった大人の脳みそは不要である。純粋な憧れで良いのだ。

暮れゆけば浅間も見えずとあるのだが、浅間も大学生になって初めて見た。亡き母が、五十鈴川の流れを見て、小学生の頃に教科書で読んだ流れの姿、そのままだと語っていたことを忘れない。純粋力。今こそ、純粋力の時代であろう。そう思う。

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誰も見ていない物理を見る、審査長のお仕事はそのお役目なのだが、あまりにも新しいが故に、ぼんくら様には何も言えない。理解しないからではない、理解する気持ちが全く無いからだ。つまらない例えだが、バーベキューに行ったとしよう。肉は食べたいが、たき火は作りたくない。そんな人達が日本という国だ。そんなもんだ。それでいて、文句だけ言う。風が強くて砂が舞って肉を食べられないとかね。

下手なことは言えないのだが、まぁ、言っても良いのかとは思うのだが、それがなかなか言えないのだな。偉いわけではないが、様々なことがあり、思ったことを吐き出せる幸せは、とっくに何処かに消えてしまった。隣の国が独身の日だとかで数十兆円も設けるという、そんな商いを我が国はどのように見れば良いのか。アリババに追いつく?笑うしかない。

戯言のくせにこんなところで止まるのかと言われてしまっても、その通りだとしか言うしかない。何故かと言えば、天下国家国民が、言えない政権を選ぶからだ。公共とはそんなもんで、票が多いほうが正しいのだ。それを認めない方も国家の過半数を占めたりするのだが、選挙に行かなければゴーストである。

愚痴はゼロ円だが、何故ゼロ円か?意味が無いからだ。ゴミにもならないからだ。価値の無いことを言う暇があったら、価値を創ることを考えれば良い。マスコミの愚かさよ、「新テストは難しいから間違っていると思う」という、次世代を旗手になれない愚か者の発言をこれ見よがしに紙上に謡う。努力しないからだろう。世界は鼻で笑っている日本だ。悲しい事だ。

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こうやって戯言を言っていられるのもPCがまともに動作しているからで、ついさっきまでキー入力を受け付けないとか、お作法を知らないと再起動すら出来ないとか、そんな機械でネットワークが存在していることが、実はちょっと苦笑いだ。DOS前からのお作法がまだ生きていて、それを使ったらこうやって入力出来るようになる機械、まぁ、きちんと魔法の呪文が伝承されていたんだなって、かなり安心した。

伝承されないというか、20年くらい前から現れ始めたけど「悪いのはお前のせいだ」ってご両親が迫ってくる、ご当人が襲ってくる。自分の思い通りにいかないのは周りが悪くて、暴力にでも訴えて良いという社会がまかり通ってきた。恐らく、日本だけの気がする。言葉であろうがなんであろうが暴力に出れば許される。日本では恐らく、縄文時代から数えて初めての出来事だろう。

道理が通ると信じて生きてきた。そりゃぁ、小生はそれだけの人生では無かったが、そう信じて生きていたいと思っていた。ベテランの人間すら自らのポジションを上げる為には部下をさらし者にすることを厭わない、要するにいじめと言うやつだが、それが当たり前になっている。ゲーム世代ではそれが更に当たり前だ。恐ろしい限りだ。それが新しい道理になっているのだろう。老兵は去らねばならぬ。

どうも世界を見渡すとそんな流れが日本だけではないと気が付く。「無理を通せば道理が引っ込む」と教えて下さった師は、草葉の陰で何を思っていらっしゃるのだろう。新しい道理が生まれているのか、それに気が付かないだけか。まぁ、そうかもしれない。どんな無理が通るのだろう。電脳時代に生まれた新しいルール。乗って行けそうもない。そんな気がする。

martial

社会の笑顔を会社として本気で臨んでいらっしゃるお会社ってやっぱり存在しているわけで、そんなお会社と共に笑顔を共創させて頂きたいと心から願うわけです。小生に「私が関わってきた会社なんだからプラスの評価を与えろ!」って暴力と共に訴えることを頂きましたが、小生はあぁそうですかと言うだけである。

天下にとって望ましいかそうでないか。小生は泣き言を聞く立場ではない。無いのだが、なんとかしろと仰る。世界はどんどん変わっていく。自らが変わらなければ。それは大学とて同じこと。ただただ「何をしたらいいのか教えろ」と仰る。それはさようならと申し上げるしかない。

一歩、踏み出しませんか。挑戦を始めませんか。Tier0、Tier1から図面が来なくなったから、やることないから、おまえ、上の会社になにか言えよという。これが日本の現状である。これが真実である。

申し上げたい。それを超えて新しいお仕事に向かって進んでいらっしゃるお企業は間違いなくいらっしゃる。挑戦とはなんと美しいことか。一方で、それを批判、否定するお企業もそれ以上にいらっしゃる。なんとおぞましい。そんなところだ。

本当に最新か?

再び引っ張ってどうすんだということで怒られそうですが、まぁ、JIMTOFのお話。金属、有機半導体などの3Dプリンタがじゃかじゃか出てきているかと思いきや、それなりの機械は旬が過ぎてしまい、ウルトラCは大企業が囲い込みをしている時代に入ってしまっているので、びっくり仰天新規というものは無いのですな。その点は刃物業界と同じ。新機軸は全くない。

むしろ、隣国企業殿は3Dプリンタなどどこ吹く風、トラックごと削りだすぜってな勢いで、どんな材料を運び込むんだというマシニングセンターの群れ。チーム日本が数十年掛かっていた造形を、この数年で成し遂げてしまう勢いにはため息が出ますな。それでいて精度が悪いわけでは決してない。う~む、流石としか言いようがない。

正直、3Dプリンタの進化には期待していたものがありました。ところがどうでしょう、隠し持っているというか、表に出てこない状況になってきていますな。10年以上前の半導体業界のような流れ。新しいことは表には決して出てこない。見た目の新しさで、他との連携を度外視し続けるこの国は何処に向かっていくのか。出し惜しみをしている場合か?

我が国企業も全社がこぞって世界に向かって新奇性を隠しているぞと言うことならば、まぁ、そんなことは無いのでしょうけれど、国際展示会でそんなことをする必要が何処にあるのか?限りなく厚くなる刃物のカタログ、しかし何も変わっていないのだな。そのうち、タンカー一艘削り出すんじゃないかという勢い。その方向に向かってはいかんですな。真面目に丁寧なものづくり。ゼロから進めたい、そんなところだ。

素材までも・・

大きな展示場を巡ってみて心底感じたのが、昨日も愚痴りましたが「日本か?ここ??」という状況になっていること。フェラーリにも採用されている凄い機械を造る会社は相変わらず凄いのですが、ここ数年「うわべ」の綺麗さにこだわってきた工作機械群は、なんだかうわべも負け始めた気配である。IoTだなんだ言ってましたけど、海の向こうの企業の皆様にとってはそれが当たり前。完全に置いてきぼりの日本感満載ではありました。

丁寧なお仕事の方々もいらっしゃって、それはそれで嬉しかったですな。まだまだこれからだぞというところなのですが、新参者が受け入れられない機械の世界。海外にもっていかれないかと心配は尽きません。屋上の臨時屋台村はほぼほぼアジア食一色。

材料を扱う会社が以前に比べて格段に増えていた点も気になります。それもあちらの国々が大半。素材から一気にもっていかれてしまうと、ものを創る技術も無くなっていく。半導体分野において窒化物半導体が最後の砦と言う雰囲気でありまして、工作機械でいうならば「強い素材」の原料群が一網打尽とやられていたことに衝撃を受けた次第。

ものづくりの大学として今、何をしていくのか。焦る必要はないといつまでも言っていられるのかしら?常に待ちの姿勢で打って出ない。それが身の丈というならばそれで良いのでしょうけれど、本当にそうか?そうではあるまい。じわじわと起爆していかなければならない。「今でしょう」という衝撃。それが今年のJIMTOFでありました。